吉永小百合さんの美しさの秘訣
皆さん、こんばんは。
薄毛治療の放置歴30年の超ベテラン、
7月7日七夕生まれの、
ミスターヒコボシです。
本日は、日本を代表する人気映画大女優で「サユリスト」と
呼ばれる圧倒的な数のファンを持つ、吉永小百合さんの登場です!
プロフィール
早稲田大学第二文学部出身
生年月日 1945年3月13日
身長 157cm
血液型 O型
経歴
★東京都渋谷区立西原小学校
※身体が弱く、肺炎にかかったりして、年間で
1ヶ月は学校を休んでいたが、成績は優秀だった。
※父親が事業に失敗し、貧しい生活を強いられ、
借金取りが取り立てに来ることもあった。
※苦しい家計を支えようと、新聞配達をしようとしたが、
親に止められてしまった。
※6年生の時、ラジオ東京(現・TBSラジオ)の連続ラジオドラマ
『赤胴鈴之助』でデビューを果たす。
※10月に今度は、ラジオ東京制作のテレビドラマ『赤胴鈴之助』で、
テレビデビューを果たした。
剣をとっては日本一に ♪
夢は大きな少年剣士 ♪ (笑)
スミマセン! ご存知の方少ないですよね・・・。
★東京都渋谷区立代々木中学校
※演劇部に所属した。
※個人レッスンで「ひばり児童合唱団」に通い
ボイストレーニングをしていた。
※「ひばり児童合唱団」の創設者である皆川和子さんの紹介で、
2年生の時、松竹映画『朝を呼ぶ口笛』で映画デビューを飾る。
在学中に、日活撮影所に入社した。
★私立精華学園女子高等学校
(現在の東海大学付属市原望洋高等学校)に転入した。
※馬術部に所属していた。
★1962年
※高校在学中に『キューポラのある街』にヒロイン役で出演し、
ブルーリボン賞主演女優賞を受賞した。
(この映画は、その後大きく飛躍するきっかけになる作品となった。)
※日本ビクター(現・ビクターエンタテインメント)から『寒い朝』で、
レコードデビューし、20万枚のヒット曲となった。
※9月にも同じくビクターから3、橋幸夫さんとのデュエット曲
「いつでも夢を」を発売し、30万枚の大ヒットとなり、
『第4回日本レコード大賞』を受賞した。
※浜田光夫さんとコンビを組んで、日活の清純派女優として人気を博した。
★1965年
★1969年
※多忙だったにもかかわらず、早稲田大学を次席で卒業した。
※大学の卒業論文のテーマは、アイスキュロスの「縛られたプロメラウス」
におけるアテネの民主制について。
※この年、1964年、1968年に続き3度目のブロマイド年間売上実績で、
女性部門第1位に輝いた。
★1989年
「第19回ギャラクシー賞選奨」を受賞した。
★1985年
『天国の駅』と『おはん』に出演し初めて「日本アカデミー賞
最優秀主演女優賞」に輝いた。
★1989年
『華の乱』で2度目の「日本アカデミー賞最優秀主演女優賞」を受賞した。
★1997年
『第二楽章』の朗読CDに対し、「第39回日本レコード大賞企画賞」を受賞した。
★2001年
最優秀主演女優賞」を受賞する。
★2003年
原爆詩の朗読や、平和記念資料館のナレーションの
ボランティア平和活動が評価され、
「第15回谷本清平和賞」を受賞した。
★2006年
「紫綬褒章」を受章した。
★2014年
映画「ふしぎな岬の物語」に主演すると同時に、初めて企画を担当し、
モントリオール世界映画祭で、「審査員特別大賞」と
「第38回日本アカデミー賞優秀主演女優賞」を受賞した。
★2015年
「第63回菊池寛賞」を受賞する。
永遠に不滅です
昭和から平成、そして令和へと芸能界の荒波を乗り越え、
70歳を過ぎた今もなお、本当に美しさは衰えず、
清純派のイメージを保っている吉永小百合さんには
心底、敬服します。
その美しさの秘訣は「ゆっくり心を込めて」洗顔することと、
こちらも、ゆっくり自分のペースで泳ぐことらしいです。
今も平気で数キロは泳げるみたいで、
健康管理をしっかりされているのですね。
当のご本人にとっては大変でしょうが、宿命だと観念して頂き(笑)、
長嶋茂雄さんのセリフではないですが、
「吉永小百合さんの美貌は、永遠に不滅です!」と
世の男性に思い続けさせてほしいですね。
では、今日のところはこの辺で。
また次回、元気でお会いしましょう。